【WEBドキュメンタリー小説】シリーズ「採用の原点」vol.1/求人広告業界の現実<全3回>

【WEBドキュメンタリー小説】
シリーズ「採用の原点」vol.1/求人広告業界の現実<全3回>

シリーズ採用の原点vol1

十一月に入ると先週までの秋の空気は、急速に冬の吐息に包まれた。東京では、早くもクリスマスイルミネーションの点灯が開始された。私の在籍している15人ほどの小さな求人広告代理店でも、忘年会の店選びについて話や年末年始の休暇の使い方など、一年の締めくくりの話題がちらほら生まれ始めていた。

そんな月初めの週末。仕事を終わらせ、帰り支度をしていた私のところに、一件の相談事が舞い込んできた。相談事があるという割にはやたらシタリ顔で現れたのは、社内でもベテランの部類に入る業界20年の営業マネージャーだった。

「実は掲載した広告の反響がゼロでさ。厳しいんだなコレが。それでな…」

相談というよりはほとんど一方的に、矢継ぎ早に一連の詳細を語りだし、仕事に関してはほとんど“丸投げ”といった具合で、最後に「よろしく」と言葉を締めた。マネージャー本人はすでにこの段階で自分の役目は終えたような、異様な勝気顔になっている。とりあえず早く帰りたいのだなと私は思った。

「ま、とりあえずそんなところだから、ひとつ頼むよ」

話し終えると、そそくさとその場を去って行った。去り際にひと言「週明け月曜まで」と言って。彼の相談事というのは、ある飲食店の店長募集に関してだった。前回掲載した求人広告の反響が一件もなく、つまりは応募者がゼロという事態に直面していた。次の一手をどうすれば良いのか。どうすれば応募者がたくさん現れて、採用成功に繋げられるのか。つまりはそのような話だった。やるべきことはたくさんある。まず、前回掲載した広告の内容を精査し、次にコピーライティングを再考し、業界やエリア(地域)の傾向、掲載時期の動向、掲載する求人メディアの効果測定などを一つひとつ丁寧に分析していく。もちろん、慎重かつ丁寧に採用プランを構築したとしても、クライアントの望む結果に遠く及ばないことも多々ある。しかし、一連の作業をおろそかにしてはそれこそ採用成功には遠く及ばない。私はマネージャーの置いていった資料に細かく目を通した。そして詳細について整理し始めてすぐに、私の思考は立ち止まった。

(あぁ、またか…。)

もはや、求人広告業界では日常的な光景としてある目の前の“相談内容”に、私は心底絶望した。マネージャーの意味のわからないシタリ顔の話ではない。週末に帰り際に仕事を丸投げされたことにも、特別不満が募っているわけもない。私が絶望した最大の理由は、掲載した広告の反響が乏しくないという“不幸”な出来事を引き起こした最大の要因が、マネージャー本人の悪しき採用手法にあると容易に想像できたからだ。日々の採用現場で起こっている「採用のプロ」たちによる、罪のある採用手法。手法というよりは、もはや欲望といっていい。おそらくベテラン営業マネージャーは、もう何も感じなくなってしまっているのだろう。彼の肩を持つのであれば、これは一種に企業体質である。採用サービス業界、求人メディア業界に内部に蔓延る、決してクライアント先にはいえない“業界の都合”の典型的な駄目な事例といってもよい。

業界の都合なのか、採用のプロたちの都合なのか。ただ、クライアントの一切の都合を無視された“その考え”をなんとか取り繕いうまいこと処理すること。不幸にもそんな役割が広告制作ディレクターとしての私の役割であった。

つづく

【WEBドキュメンタリー小説】シリーズ

「採用の原点」vol.2/特定メディアに癒着する本音<全3回>
https://honkino.com/2016/07/07/post-154/

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